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広瀬村(ひろせむら)は、1889年から1955年まで宮城県宮城郡の北西部にあった村である。1955年2月1日に大沢村と合併して宮城村の一部となり、宮城町を経て現在は仙台市青葉区の一部である。 ''この項目の記載事項は広瀬村の存続期間にあたる1889年から1955年までに限る。他の時期について含めた解説は、宮城町と青葉区 (仙台市) を参照されたい。'' == 地理 == 村域は東西に長く、広瀬川の上・中流域右岸にあたる。江戸時代から続く5つの村が1889年(明治22年)に合併し、村を流れる川から名をとって広瀬村とした。広瀬川の上流からみると、最上流域が作並村、それより下る左岸に熊ヶ根村、右岸に渡ってついで実質的に一体の上愛子村と下愛子村、最後が広瀬川の左岸に渡って郷六村である。 概略、広瀬川の上・中流域の右岸(南岸)が広瀬村、左岸(北岸)が大沢村であった。しかし広瀬村で左岸側に張り出した箇所もあり、作並は両岸まとめた地区、熊ヶ根と郷六は広瀬川左岸の地区である。また、名取川流域を占める名取郡の一部が広瀬川流域に張り出した箇所があり、熊ヶ根では広瀬川そのものが、それより西では広瀬川支流の新川川が、名取郡秋保村との境界になっていた。 村の中心は愛子にあり、村役場もここに置かれた。 * 山 - 鎌倉山 (519m) 、五ツ森 (349m) 、蕃山 (373m) 、権現森 (314m) * 川 - 広瀬川、青下川、斉勝川 * 湖沼 - サイカチ沼、月山池 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「広瀬村 (宮城県)」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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